まるで月の光のように - 1/2

――セラさんは今日も変わらず冷静だった。
地下格納庫での情報共有を兼ねた会議。
無駄のない丁寧な所作で資料を配り、隊長たちの質問に端的に答えていく。
彼女の淡い金髪が、重たい空気に似合わず、ふわりと揺れている。
青みの混じるグレーの瞳が、その上の長い睫毛の影が、資料の上に静かに落ちている。

綺麗な人だ。もう何度目かわからないが、リースはそう思った。
だけど、それは間違いだったのかもしれない。
目で追ってはいけない――手を伸ばしてはならないものだったのだ。

「おい、リース。……やめとけ」
何かに感づいたような隣の先輩が、笑いながら低く囁いてくる。
「誰もはっきり言わねぇけどな。あれは、“リーダーのもん”だ」

“あれ”とは何だよ、と思う反面、その一言で背筋に冷たいものが落ちた。
リースの脳裏に一つの記憶がよみがえる。

――何が決定的だったか。
それは10日ほど前の、たった一瞬の出来事だった。

***

セラが落としたペンを、リースが拾って渡したときのこと。

「ありがとうございます」と柔らかく微笑んだ彼女に、心臓がひとつ大きく跳ねる。
今から少し前、セラは正式にリーダー直属の補佐に任命された。
自分のような所属も異なる一般隊員が、彼女に直接声をかけられる機会は滅多にない。
そんな想いが胸になだれ込み、リースは背を押されるように言葉を紡いだ。

「あっ、あの……さっきの会議の進行、素晴らしかったです。今日だけじゃなくて――」

そう言いかけて視線を上げた直後、セラの背後に、音もなく立っていた男。

赤のさした白髪、金の装飾が揺れる群青の制服、鋭く細められた眼差し。
ジランドール・ユル・スヴェント――リーダーだった。

「ッ……お疲れ様です!」

彼の姿が目に入った瞬間、リースは反射的に姿勢を正してすぐさま頭を下げた。
何を言われたわけでもない。なのに手足から急激に血の気が引いていき、背中に冷や汗が滲むのがわかる。

「次の報告を」

低い声。セラに向けた、ごく短い指示だった。
だがその時、ジランドの視線が一瞬、こちらを通過した。

その瞬間、リースはまるで凍ったように動けなくなり、呼吸が止まる。

視線だけで、「余計な口を叩くな」と告げてくるような、圧。
絶対的な“正しさ”と“恐ろしさ”の象徴。何も言わずとも周囲の空気が彼の意志を代弁する。
この人に逆らうことは、自分の“存在”を否定されるのと同じだと、本能が理解した。

セラはすぐに顔を戻して、静かに応じる。

「はい、リーダー。資料はこちらです」

リースに視線を合わせて会釈をしたのち、彼女はジランドと共にその場から離れていった。

***

……あの時、遠ざかっていく彼女の声が少しだけ柔らかく聞こえたのは、気のせいだったかもしれない。
リーダーの視線が、彼女の瞳を捉える頻度が多く感じるのは――
そこまで頭をよぎり、リースはひとつの答えに気づく。

いや、違う。そんなことを思うこと自体、もう“越えてはいけない一線”なんだ。


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