世界の片隅 - 1/4

灯りを落とした私室には、低く唸る船の稼働音と、空調の微かな吐息だけが響いていた。
夜のジルニトラは、今日も静かに大海を漂い続けている。

ソファの上、セラは夜着姿で毛布に包まれたまま、ジランドの隣にもたれかかっていた。
読書をしていたはずの彼の腕はすでに閉じられた書物を膝の上に置いて、
今はただ、穏やかな手つきでセラの髪を撫でている。

「……眠くなってきたんですか?」

セラが囁くように言うと、ジランドは目を伏せたまま、小さく鼻を鳴らす。

「いや。お前が心地よさそうにしてるから、動く気が失せただけだ」

「ふふ……」

くすりと笑うセラの声は、まるで猫の喉鳴りのように微かであたたかい。
その笑みに、ジランドはふと肩の力を抜くように息を吐いた。

艦内にいる間、彼は常に“リーダー”として張り詰めている。
この数時間だけが、その仮面を下ろせる数少ない時間だった。

セラの指先が、そっと彼の手に触れる。
柔らかく、ためらうように、けれど確かに。

「ジランド様」

「ああ」

呼ばれるだけで、彼は全てを理解する。
何も足さず、何も引かず、そのまま指を絡め、互いの体温を分け合う。

言葉はいらなかった。
こうして触れているだけで、互いに満たされていると知っていた。

「……私、この時間が好きです。とても……」

セラがぽつりと呟いたとき、ジランドは少しだけ視線を横に向けた。
その横顔をしばし見つめたあと、そっと彼女の髪をもう一度撫でて、静かに言う。

「……贅沢な時間だ」

「……はい」

ぴたりと寄り添ったまま、ふたりの時は穏やかに流れ続けた。
船の揺れがゆりかごのように彼らを包み、外の世界のすべてを遠ざけていく――。